最高裁判所第一小法廷 昭和56年(オ)756号 判決 1986年7月17日
主文
原判決中、昭和五四年二月一日から同五五年三月三一日までの間に生じた特別事情による損害の賠償を求める請求に関する上告人敗訴部分を破棄し、右部分につき被上告人の控訴を棄却する。
前項の期間に生じた特別事情以外の事由による損害に関する被上告人の請求をいずれも棄却する。
その余の本件上告を棄却する。
訴訟の総費用は、これを四分し、その一を被上告人の、その余を上告人の各負担とする。
理由
上告代理人仲武の上告理由について
一1 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
(一) 上告人は、昭和四五年五月以前から第一審判決添付別紙目録二記載の二〇・七二平方メートルの土地(以下「本件土地」という。)をその地上に本件建物部分を所有して占有していたところ、同月一二日、本件土地を含む同目録二記載の仮換地一〇二・四七平方メートルを被上告人所有の本件従前の土地の仮換地とする旨の仮換地変更指定処分があり、その効力発生日を同月一六日と定められた。
(二) 被上告人は、上告人に対し前訴を提起して、本件土地の使用収益権に基づき本件建物部分を収去して本件土地を明け渡すことを求めるとともに、本件土地の不法占拠による賃料相当損害金として昭和四五年五月一六日から右明渡ずみまで月額五万円の割合による金員の支払を求めた。第一審(大阪地方裁判所昭和四六年(ワ)第九六九号事件)では、建物収去土地明渡の請求のみが認容され、控訴審(大阪高等裁判所昭和五一年(ネ)第二〇九五号、同五二年(ネ)第三一二号事件)では、昭和五三年四月一二日に終結された口頭弁論に基づいて、上告人の控訴を棄却するとともに、被上告人の附帯控訴に基づき、損害金の請求についても、昭和五二年一月一日から本件土地の明渡ずみまで月額四万七八〇〇円の限度で認容する旨の判決が言い渡された。昭和五四年一目三〇日、上告審(最高裁判所昭和五三年(オ)第九九九号事件)で上告人の上告を棄却する旨の判決があり、右控訴審判決が確定した。
(三) 上告人は、その後も本件土地の占有を続け、本件建物部分を第三者に賃貸している。
(四) 上告人は、昭和四〇年頃から本件土地の西側隣接地で駐車場の経営をしており、本件土地が駐車場として利用されるに至ることは、昭和五四年二月一日当時、上告人においても予想しえた。本件土地には少なくとも軽自動車三台の保管が可能であり、その月ぎめ保管料は月額七万円を下らない。
(五) 前訴口頭弁論の終結後、消費者物価の上昇、土地価格の著しい昂騰、固定資産税と都市計画税の増大等があつた。また、本件土地の近隣地域には難波駅のほか商業施設、娯楽施設が集中しており、昭和五四年から同五五年にかけて同駅の整備やナンバシティの全面開業に伴う同駅周辺一帯の整備が完了し、それに伴つて本件土地付近における駐車場の利用客が増加している等の特殊な事情も存在する。これらにより、本件土地の昭和五五年四月一日当時における相当賃料額は月額一三万五〇四二円に達している。
2 被上告人は、上告人に対し、第一審において、昭和五四年二月一日から本件建物部分収去土地明渡ずみに至るまで、本件土地を駐車場として使用することによつて得べかりし自動車保管料相当の損害金と前訴確定判決により認容された賃料相当損害金との差額を月額七万七二〇〇円であると主張して、右差額の支払を求め、原審において、昭和五五年四月一日以降の分の請求額を月額八万七二四二円に拡張するとともに、以上と同一の請求金額につき、前訴確定判決後に生じた経済的事情の変更によりその認容額が著しく不相当となり、当事者間の衡平を甚だしく害するような事情があることを理由として、相当賃料額と前訴認容額との差額の支払を求める請求及び前訴確定判決による強制執行を妨害するなどの不法行為による損害賠償を求める請求を選択的に追加した。
3 原審は、前記事実関係のもとにおいて、(1) 昭和五四年二月一日から同五五年三月三一日までの損害については、前訴における賃料相当損害金の請求は通常生ずべき損害についての請求であり、被上告人が本訴において請求する駐車場として使用することによつて得べかりし損害金の請求は、前訴においては請求されていなかつた特別事情による損害の賠償を求めるものであるとして、右請求を原審認定の保管料相当の損害金の額と前訴認容額との差額である月額二万七二〇〇円(合計三八万〇八〇〇円)の限度で認容してその余の部分を棄却し、(2) 被上告人の昭和五五年四月一日から建物収去土地明渡に至るまでの損害については、前訴における賃料相当損害金の請求が一応損害の全額の賠償を請求する趣旨であつても、前訴確定判決後の事情の変更により相当賃料額が昂騰して賃料相当損害金が前訴認容額を上回るときは、その差額を請求することができるとして、前訴認容額が不相当となつたことを理由とする被上告人の請求を認容した。
二 そこで、まず、昭和五四年二月一日から同五五年三月三一日までに生じた損害に関する部分について検討する。
1 従前の土地の所有者が仮換地の不法占拠者に対し仮換地の使用収益を妨げられていることによつて受ける損害の賠償を求める請求権は、通常生ずべき損害及び特別事情によつて生ずる損害を通じて一個の請求権であつて、その履行を求める訴えにおいて、通常損害と特別損害のいずれか一方についてのみ判決を求める旨が明示されていない場合には、たとえ請求原因としてはその一方のみを主張しているにとどまるときであつても、一部請求であることが明示されているのと同視しうるような特段の事情の存在しない限り、これに対する判決の既判力は右請求権の全部に及び、新たに訴えを提起して、右請求を一部請求であつたと主張し、他の一方の損害の賠償を求めることはできないものと解するのが相当である。そして、この理は、右請求がすでに発生した損害の賠償を求めるものであるか、将来継続的に発生すべき損害の賠償を将来給付の訴えにより請求するものであるかによつて差異を生ずるものではない。原審がこれと異なる見解に立ち、駐車場として使用することによつて得べかりし利益の損害は特別事情による損害であり、前訴で認容された損害は通常損害であるとの理由で、その差額についての被上告人の請求を一部認容したのは、既判力に関する法令の解釈適用を誤つたものというべきである。そして、前訴において、被上告人の請求が駐車場として使用することによつて得べかりし利益の損害の賠償を除外する趣旨の一部請求であることが明示され、又は明示されているのと同視すべき特段の事情があることを明らかにする資料は記録上なんら存在しないから、この違法が原判決中右認容部分に影響を及ぼすことは明らかであり、右部分は破棄を免れず、論旨のうち右の違法をいう部分は理由がある。原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、右部分に関する被上告人の請求は失当として棄却すべきものであり、これを棄却した第一審判決は相当であるから、右の部分については被上告人の控訴を棄却すべきである。
2 そこで、原審で選択的に主張された被上告人の他の請求について判断する。
従前の土地の所有者が仮換地の不法占拠者に対し、将来の給付の訴えにより、仮換地の明渡に至るまでの間、その使用収益を妨げられることによつて生ずべき損害につき毎月一定の割合による損害金の支払を求め、その全部又は一部を認容する判決が確定した場合において、事実審口頭弁論の終結後に公租公課の増大、土地の価格の昂騰により、又は比隣の土地の地代に比較して、右判決の認容額が不相当となつたときは、所有者は不法占拠者に対し、新たに訴えを提起して、前訴認容額と適正賃料額との差額に相当する損害金の支払を求めることができるものと解するのが相当である。けだし、土地明渡に至るまで継続的に発生すべき一定の割合による将来の賃料相当損害金についての所有者の請求は、当事者間の合理的な意思並びに借地法一二条の趣旨とするところに徴すると、土地明渡が近い将来に履行されるであろうことを予定して、それに至るまでの右の割合による損害金の支払を求めるとともに、将来、不法占拠者の妨害等により明渡が長期にわたつて実現されず、事実審口頭弁論終結後の前記のような諸事情により認容額が適正賃料額に比較して不相当となるに至つた場合に生ずべきその差額に相当する損害金については、主張、立証することが不可能であり、これを請求から除外する趣旨のものであることが明らかであるとみるべきであり、これに対する判決もまたそのような趣旨のもとに右請求について判断をしたものというべきであつて、その後前記のような事情によりその認容額が不相当となるに至つた場合には、その請求は一部請求であつたことに帰し、右判決の既判力は、右の差額に相当する損害金の請求には及ばず、所有者が不法占拠者に対し新たに訴えを提起してその支払を求めることを妨げるものではないと考えられるからである。
しかしながら、本件の場合、昭和五四年二月一日から同五五年三月三一日までの間については、原審の適法に確定した前示事実関係のもとにおいては、前訴事実審口頭弁論終結の日である昭和五三年四月一二日からはもとより、前訴における認容額の始期とされた同五二年一月一日からみても、その間の時間的経過に照らし未だ前訴認容額が不相当となつたものとすることはできないから、前訴事実審口頭弁論終結後に前訴認容額が不相当となつたことを理由とする被上告人の請求は失当として棄却すべきものである。
3 被上告人は、更に、右の期間についても、執行妨害なとの不法行為を理由として、前訴認容額と適正賃料額との差額相当の損害の賠償を求めるのであるが、被上告人の主張する損害は、本件土地に対する被上告人の仮換地使用収益権を上告人が不当に侵害してその使用収益を妨げていることによつて生じた損害にほかならず、被上告人主張の執行妨害などの行為によつて生じたものとはいえないから、右請求もまた失当として棄却を免れない。
三 次に、昭和五五年四月一日以降の損害に関する部分について判断する。
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、昭和五五年四月一日から本件建物部分を収去して本件土地を明け渡すに至るまでの間につき、前訴の事実審口頭弁論終結後の前示のような事情により前訴確定判決の認容額が不相当となつたものとして、右認容額と適正賃料額との差額の支払を求める被上告人の請求を認容した原審の判断は、さきに説示したところに照らし、正当として是認することができ、これに所論の違法はない。右部分に関する論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、九二条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎)